南風に変わった。
どこか遠くに行っていた夏が
帰ってくるところ。
そうめんを茹でて食べた。
揖保の糸。
昔、龍野に親類がいたので、
毎年夏になると、蜜柑箱みたいな木箱に
そうめんがぎっしり入ったやつを
送ってくれたものだった。
僕はこれがとても迷惑だった。
夏になると、そうめん責めが始まるからだ。
料理の手を抜くことに余念のない母は
このゆで時間の短い、簡単に支度のできる
そうめんをとても有効に活用していて
夏場の昼食はいつもそうめんだった。
だから、そうめんにはうんざりで
随分と長い間、自分でそうめんを茹でて
食べることなどなかった。
しかし、加齢というのは妙なもので
味覚というのは変化する。
この自分が、そうめんを食べたい
などと思ってスーパーで揖保の糸を買い求め
それを茹でて食べたりなんかする日が
まさか来るとは。
人の行いに永遠などというものは無い
ということを、またもや体感してしまった。