航海

眠気と無気力というものと
年中戦わなければならなくなったのは
いつからだったか。
それはたぶん、五歳の頃だ。
僕は保育園でお昼に出される牛乳が飲めなかった。
だから、家から瓶を持ってきて、
その瓶に注いで持って帰っていた。
白い蓋の瓶だった。
人が飲めるものが、自分には飲めない
という現実が僕と世の中の関係に距離を作った。
それは今から考えると劣等感そのものだった。
僕はすでに保育園に行くのが憂鬱だった。
別に人間関係に悩んでいたわけはなくて、
ただ単に自分の駄目さを知ってしまったのだった。
牛乳が飲めないからといって、
別に誰かに叱られたりはしなかった。
僕はただ毎日、牛乳を瓶に注いで鞄に入れる
という行為を繰り返していただけだった。
瓶の蓋の閉め方が甘いと、牛乳は
小さな鞄の中で漏れ出して、嫌な臭いを発した。
牛乳に近づかないという選択肢はなくて、
必ず牛乳を自分で処理して持ち帰る必要が
なぜあったのか、今となっては分からない。
しかし、それは僕にとっては拷問のようでもあった。
憂鬱さをから守るためなのかどうか、
わからないけれど、僕は眠りを求めるようになった。
眠りの世界は心地がよかった。
友などいなかった。
友がいないことは無気力を作り出した。
それから何十年も経過して
僕の構成要素は大きく変化したけれど、
基本的には何も変わっていないのかもしれない。
そう、それでも生きて行かなくてはならない
ということも含めて。

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