豆を撒く

実家は寺だったので、
子供の頃
節分には祖父が経をあげ豆を撒いた。
大きな木の枡に山盛りの
焼いた豆が盛られていて
それをまるで相撲取りが塩を撒くように
土間や座敷に向かって撒く。
鬼は外、福は内。
鬼は外、福は内。
祖父は躊躇しない人だった。
鬼は外、福は内。
鬼は外、福は内。
何度も繰り返すそのフレーズが
心を高揚させてゆくのがわかった。
子供だったからかどうかわからない。
それは今思えばヒップホップみたいで、
言葉が人に力を与えていた。
経も歌も掛け声もヒップホップも同じで
人の中にある力を呼び起こす。
やがて私は大人になり祖父は死んだ。
豆蒔きは親父の代になり、
それから親父が死んで兄の代になった。
でも彼らは躊躇している。
豆はちょっぴりしか撒かれない。
後の掃除が大変だからである。
もったいない、と思っているかもしれない。
言葉は消えた。
たぶんそれでよかった。
祖父の言葉は受け継がれず
私の中にしまわれている。
二月が進んでゆく。
今日はよく晴れて、
日差しが私に届いている。

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