ヴェニス

ヴェネツィアに行っていた。
夏のヴェネツィアのことを知りたかった。
イメージすることは
どんな場合も経験にかなわない。
想像力がうまく働くのは
しっかりと経験を持っていることが必要なのだ。
ゲットーの広場に風が吹いていた。
木々で蝉が鳴いていた。
日本の蝉とは違う鳴き方で、
まるでそろばんを弾くように
ギシギシギシギシと低い声で鳴いていた。
夏がぐるぐると回転して
空が青かった。
太陽は高いところから光を注ぐので、
壁の色が冬に見る色とは変わって見えた。
街の色を
私は見てみてまわった。
暑さは日本の方が暑いくらいだったけれど、
それでも石畳は焼けていて
私は時々立ち止まって
ジェラートを食べなければならなかった。
観光客は思ったより少なく、
いつもは長蛇の列ができている
ヴァポレットのチケット売り場も
サンマルコ寺院の鐘楼も
人はまばらだった。
ヨーロッパの人々のバカンスというのは
長期滞在できるところに
行くのかもしれないと思った。
定刻を知らせる遠い鐘の音が
蝉の声に混じって
私に届いた。

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