風の如月

東京で五度目の雪が降った。
空が風で剥がれて舞っていた。
私の周辺では
これといって変わったことはなかった。
ただガラス戸は曇っていて
隣の島の工藤さんは窓を開けて
空を見ていた。
工藤さんは毎日、こうして
長い時間窓を開けて空を眺める。
その間、冷たい空気が流れ込む。
みんな内心「寒いじゃないか閉めろよ」と
思いながら一瞥する。
けれど、誰もそんな事は言わない。
そんなことを言うほど、工藤さんに
心やすい人は誰もいないのだ。
僕は水筒の口を開けて、熱いお茶を飲む。
そうすると一本の電話が掛かってくる。
もちろん私宛ではない。
私に用事のある人は誰もいない。
私の席の脇に集合電話があって、
つまり私は電話番なのである。
電話番など新人の仕事かと思っていたが、
一番電話に近い人が電話番なのだそうだ。
もしもし、と私は言う。
なるべく落ち着いた声を作ってみる。
甲高い声は出さない。
そうすると、相手も落ち着いた声で
もしもしと言う。
コミュニケーションというのは
そういうことなのではないか、と思う。
それにしても、一日眠かった。
猫の気持ちが少しだけ分かった。
ような気がした。

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風の如月 への2件のフィードバック

  1. 蜜白玉 のコメント:

    いつもいいお話をありがとうございます。
    今日のは特に好きな感じでした。

    • ino のコメント:

      >蜜白玉さん
      いえいえ、いつも読んでいただいて
      ありがとうございます。
      最近、あれこれ気ぜわしくて
      なかなか更新できていませんが、
      これからも思いつくままを書いて
      ゆきたいと思います。

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