潰れたラーメン屋の前に
ゴミが積まれていて、
その脇に何台も扇風機がうち捨てられていた。
冷たい風に吹かれて
扇風機の羽根がからからと回っていた。
風を送り出す機械は
風を受けても回るのだ。
私はしばらく扇風機にみとれていた。
予報よりも早く降り出した雨は
予報よりも早く止んだ。
同僚は傘が壊れたとぼやきながら、
ロックしなくなった折り畳みの傘を
手で突っ張りながら雨の中を歩いた。
駅前のユニクロで新しいのを買うから
と言っていたが、
彼はユニクロで傘を買うことはなかった。
私もそれを、わざわざ指摘しようと思わなかった。
別の路線で帰ったのは
ひとりになりたかったからだ。
もちろん群衆の中のひとりで
ほんとうの、ひとりになれるわけでは
ないのだけれど。
隣の座席に大柄の若い女が座っていて
時々、肘が脇腹にあたった。
彼女は抱え込んだ大きなリュックの上に
ノートを広げ、英語の冊子から
シャープペンシルで英文を書き写していた。
何故、複写機というものを
使わないのかは分からないが、
延々と書き写していた。
足元から温風が溢れ出して
私は眠りの世界に引きずり込まれたが
戻ってきてもなお、彼女は
必死に英文を書き写していた。
不可解なことはそこら中にある。
スーパーがやたらと混んでいた。
しかし、よく見ると、
混んでいるのは入り口だけだった。
人混みの先頭には三十代ぐらいの女がいて、
彼女は特売で山積みになった蜜柑のネットを
ひとつひとつ手にとって、吟味しては戻していた。
後ろに並んだ人々は、
文句も言わずにそれを見ていた。
結局女は、蜜柑を買わなかった。
私はその蜜柑をひとネット、籠に入れた。
選ぶほどのものではなかった。
品質に、それほどばらつきはなかった。
それにしても寒い日だった。
十一月はもうすぐ終わる。