なにもない

もう降っているよ
と、隣の席の同僚が言った。
窓の外を見ると
ちょうど暗くなった空に
閃光が走ったところで
それから遅れて
雷の音がたどりついた。
光と共に音は生まれたのだ。
光からの距離を思っていると
窓を打ち付けるように雨が降り始めた。

そういえばずっと昔、
雷と雨の音を集めていた。
防水のマイクロフォンを買って、
雷が鳴る度に雷と雨の音を録音した。
あのテープはどこにいっただろう。
見つけたところで、もう
まともに再生はできないだろうけど。

ネット上のレーダー図を見ると
会社のあたりは赤く塗りつぶされていた。
そうして我々は豪雨の中にいて
しかし、平然と仕事をしている。
おかしな話しだ、と思った。
僕は引き出しを開けて
缶からミントを一粒取り出し、
口に放り込んだ。

しかし、雨は、あっという間に
通り過ぎて、西から陽が差した。
妙な色だった。
何もかもが濡れていた。
そうだ、こんな時はいつも虹が出るんだ。
そう思って、窓の外を
わくわくとした気持ちで
眺めていたけれど、
いっこうに虹は出ず、
やがて日が暮れた。
虹が虫へんなのは、あれは龍を大蛇を
現しているからなのだと聞いたことがある。
龍は昇らなかったわけだ。

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