ひがん

この国は春分に到達した。
そして夜になってから、強い風が吹いている。
北風。
ごうごうと音を立てている。
体感温度というものがあって
風に当たると冷たくなるらしい。
流れ、というのは熱を奪うのだ。
午後になってから干した洗濯物は乾かず、
冷たい風に揺られている。
そういう洗濯物が少し可哀想になって
中に入れてあげようかと思う。

太宰治を読んだのは
確か中学生になってからだったはずだけれど、
小学生の時、通知表に若い担任が
「井上くんはいつもひょうひょうとしています」
と書いたのを読んで、うまく欺けている
と喜んだのを憶えている。
あれから、何十年も経ったのだけれど、最近
「井上さんの書くものはひょうひょうとしていますね」とか
「井上さんてひょうひょうとした感じですね」とか
そう言われることがあって、びっくりした。
いまだに私は、欺いたままだったのだろうか。
それが自分と世界との関わり方なのかな
紅茶に牛乳をどぼどぼと注いで飲みながら
そんなことを少し考えた。

午後から溜まったビデオを少し消費した。
気付くといつも容量の上限に達している。
「玉砕」についてのドキュメンタリーを見た。
大本営さんに見捨てられた兵隊と嘘。
怒りの感情がぶくぶくと湧いてくる。
結局過去のどこを切ってみても、
切り口には怠惰と傲慢と嘘がちりばめられている。
人を幸福にするのも不幸にするのも
結局は人なのだ、そう思った。
そうして、ファイルを消した。

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