ありがたさ保存の法則

「昨日、何かありましたか?」
「いいえ、特に何もありませんでした」
「そうですか。自分では意識していないストレス
 というのもありますからね」
「はぁ」
 薬剤師はしばらく考えてから「胃の痛み」と
 パッケージに大きく書かれた胃腸薬を取り出した。
「今飲んで行かれますか? 空腹時が効くんですが」
「え、あ、はい、飲みます」
 僕がそう言うと奥から水の入ったコップと
 何か茶色い液体の入ったグラスをお盆にのせて持ってきた。
「では、これで飲んで下さい。茶色いのは薬の効果を
 高めるためのアミノ酸ですから、薬を飲んだ後でどうぞ」
 水はぬるくした白湯だった。
 アミノ酸といわれた液体もあたためてあった。
 僕は薬局の片隅で、胃薬を飲んで、その茶色い液体を飲み干した。
「これは、胃を整える漢方薬ですが、差し上げます。
 カルシウムも入っています。では、おだいじに。」
 白衣姿の薬剤師は言った。
「あ、ありがとうございました」
 と、僕は言った。
 ありがたかったのは誰か。
 それはたぶん、お互いだろう。
 信号が変わるのを待ちながら僕は思った。
 胃薬の苦みが、口の中に残っていた。

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