パスポート

「パスポート」という言葉は
約束の言葉のような気がする。
どこか美しいところへ
無条件で招待されたような。
パスポートは特別なものだから
うやうやしく受け取らねばならない。
何度目かのパスポートの更新に出かけた
といっても、電子申請なので
受け取るだけなのだ。
しかし、受け取るだけが五十人待ちだった。
私は一時間の間、本を読んでいた。
小さな子を連れて来ている人もおり、
子供は飽きて、嬌声を上げながらその辺りを走り回り
親は負けないぐらいの声で、静かにしなさいと叫ぶ。
賑やか、と言えばいいのだろうか。
私は元気な子供にどう向き合えばいいのか、
子供の頃からわからなかった。
受け取ったパスポートは
全てのページに薄く江戸の浮世絵が印刷してある。
どれも富士山を背景にしたもので、
とても美しい出来栄えである。
特別なものでよかった。
しかし、私は目的があってパスポートを
更新したのではない。
ただパスポートを持っていたかっただけである。
いつでも招待状を抱えたままで
いたいのである。

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