ディジタル

ディジタルなものを
ディジタルにするのはかまわないが、
アナログなものを
ディジタルにすると抜けたものになる。
つまり、三切れの小さな羊羹を
ディジタルにすることはできるが、
一本の長く大きな羊羹をそのまま
ディジタルにはできないということである。
要するにそれは恵方巻きが切れていないのと
深い関係がある。
わかりやすく言えば、製氷皿のように
枠が仕切られていて、
入る個数が決まっているのである。
全部は入らないから、ところどころ
切って入れるのである。
漉餡の羊羹ならば同じようなものだが、
栗羊羹だったら大変だ。
どう切っても栗が丸ごと入らない。
仕方がないので、栗の真ん中をはずして
切って両端を入れれば、ちょっと小さめの
栗であったということがわかるであろう。
もはや大きな栗が入っていたということは
わからなくなってしまうのだ。
全ては入らないから、捨てるものと
残すものを選択しなければならない。
それがディジタルというものである。
私は捨てたものが、本当に
捨てられるべきものだったのだろうかと
考えてしまう。

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