静止

カフェの壁には大きな絵がかかっている。
そこには池が描かれており、
池の周りには歩道があって
いくつかベンチが置かれている。
犬と散歩をしている紳士と
ベビーカーを押している婦人がすれ違う。
池に浮かんだボートには
恋人らしき二人が乗っている。
ベンチでは女が本を読んでいて
傍らに自転車が停めてある。
なんていうことはない絵である。
どこにも不思議なところはない。
ただそれが二次元で
壁に掛かっているということを除けば。
私は珈琲を飲みながら
それを眺めていた。
鞄の中の本を取り出す気にはならず、
スマートフォンの画面も見たくなかった。
珈琲は減ってゆき
窓の向こう側を人々は忙しく行き交っていた。
しかし壁に掛かった絵の世界は止まったままで
いつまでものどかな昼下がりが続いている。
私にはだんだんそれが奇妙な事に思えてきた。
ものが止まって見える時、
それは実際に止まっているのではなくて、
それと同じ速度で自分も移動しているのだ
誰かがそう言っていたのを思い出した。
静止衛星のように
私もまた絶望的なスピードで
どこかに移動しているのだろうか。

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