パスポート

どこか遠くにゆくためには
確かにここに居るという証が必要なのだ。
そのために私は
十年間で一万六千円の金を払って
赤くて四角い冊子を手に入れる。
どこへでも行けるということが、
すなわち宇宙的な自由ではなく、
限定されることが自由なのである。
二股に分かれた
遺跡のようなビルは観光名所になっているのか
背の高い外国人が
日本製のカメラをぶら下げて
吸い込まれて行く。
先週、申請に来たときよりも街路樹の緑が濃くなった。
そんな気がする。
帽子を取ってお顔を見せていただけますか
係の女性はそう言って私を見た。
私の人相は新しい旅券によって確認された。

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