タイプライター

タイプライターが好きだった。
段差のあるキーを
指を立てて打刻するときの
あの感じが好きだった。
英語が好きだったわけではなかったが、
中学生のとき、
英語の勉強に大変効果的
などという宣伝文句を親に投げて
自分の元に呼び寄せたのだ。
なるべくキーが重いものがよかった。
それはイタリアのピエモンテ州にある
オリベッティという会社の
Lettera 52という機種で
大変美しい機械だった。
わたしはそのタイプライターで
タイピングを覚えた。
コンピューターのキーボードではなかった。
手探りで
ホームポジションからの
インターバルを覚え、
時には部屋の灯りを点けないで
キーを打つ練習をした。
何か目的があったわけではない
ただキーが打ちたかっただけなのだ。
理由などいらないのが
若さというものでしょう。
しかし、キーを打ちたいという欲求は
未だに変わってはおらず、
実はその想いだけで今の仕事を続けている。
Lettera 52は上京する時に連れてきたが、
その後、知り合いに譲って、
今は行方がしれない。
時々、あのタイプライターの感触を思い出す。

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