たいせつなもの

私が大切だと思っていることを
ほかの人が大切だと思っているわけではない。
私が好きなものを
ほかの人が好きなわけではない。
私が好きな人が
私を好きなわけではない。
私は私の世界を生きており、
ほかの人の世界とは重なっていない。
そういうことを
時々忘れてしまうのだけれど、
冷たい夜にはそれを思い出す。
人は自分にとって大切なものを
共有したいと思うものなのだろう。
共有することの効果を
確かめたいと思うのだが、
ほとんどの場合それは失敗する。
きっと私がとても微細な点を
大切なものとして切り取っているからではないか
最近そういうふうに思う。
しかし、アイデンティティというのは
そうあるべきではないのか、とも思う。
いや、そういうことを口にすることがすでに
異端者としての形状なのである。
人々は私に話しを聞いて欲しいと思ってはいるが、
私の話を聞きたいとは思っていないのである。
そういった絶望がここそこにある。
いや、それもたぶん
よくある当たり前のことなのだと思う。
世の中には噂話と誤解しかない。
あらゆるものは写像なのである。
しかし小事は大事である。
明けてゆく空は赤く焼けていた。
地球の大気を長く通り抜けてゆく間に
光はその成分の多くを失って赤になる。
損なわれたものの美しさは哀しいものなのだ。
そういうことを私は確認する。

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