空っぽ

時々、空っぽになる。
そして困り果てる。
何も出てこなくなって、
ただじっと何かを見つめている。
特に何かを考えているわけではなく、
氷漬けにされたみたいに
人としての思考を停止している。
そうだ、私は幼い頃からそうやって瓶の底を抜いたように
何もかも空っぽにする訓練を積んできた。
これは一種のスキルである。
空っぽにするプロなのだ。
何も困ることはないのだ。
そう思っていられるのは
逃げ続けられる間だけで、
行き止まり、というものが見えてくると、
今更、素性というものを
何とかしたいと思うようになる。
それを埋めるために、本というものを
読み始めたのだった。
私にとっての本というのは
なにも高尚なものではなくて、
そうやって空っぽになってしまった空間を
ただ埋めるためだけに存在した。
危機が降りかかると
自動的に脱出装置が稼働して
世界の底が抜け、
何も考えられなくなる。
いや、何も考えなくて済むようになるのだ。
私きっとそのようにして
私を守ってきたのだろうと思う。
帰りの電車の中で本を読んでいたら、
またしても降りるべき駅で降りることができなかった。
次の駅で降りて、反対側の電車を待った。
電車はなかなか来なかった。

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