バス停

硝子のドアが
自動的に夜を左右に分けると
冷たい空気が身体を包んだ。
息は白くなかったから
気温は十度を下回ってはいないと思われた。
若い守衛が窓の向こう側で
「おつかれさました」と言った。
この守衛はいつも「で」が抜けている。
「失礼します」と私は言い、
会社の縄張りから外に出た。
いつの間にか虫は鳴かなくなっていた。
子孫を残してそれから死んだのだろう。
バス停まで歩いて
次のバスの時間を見ると
十五分以上先だった。
これなら駅まで二キロの道のりを歩いても
バスで行くのとさほど変わらないと思われた。
しかし私は
駅まで歩く気力というものを失っていた。
流れ星みたいに流れる車を見ていた。
願い事は何もなかった。
近づいてくる光は白く、
遠ざかってゆく光は赤い。
前照灯と尾灯の関係。
白い光と赤い光は等量である。
つまり、近づいてくるものは
すぐに遠ざかってゆくものになるからである。
そして私は、
光が白から赤に変わる中間地点に立っている。
もちろん私にとって。
そして手が冷たくなった頃、
白い光を灯したバスはやって来るのである。
ドアが開けば私は
それに乗るのであろう。

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