深み

月が最高に膨らんでいる時、
厚い雲の向こう側だったから、
私はその膨らみ具合を
見ることができなかった。
その代わりに、バリカンで髪を刈っていた。
新聞紙の上に遺伝子の欠片を落としながら
夜を通り過ぎていた。
今夜は風がない。
無風。
むふー
と発音しながら、薄い雲に
見え隠れする月を見る。
すこし痩せましたか、と訊いてみる。
またしても答えがない。
誰も私の質問には答えようとしない。
いや、答えない相手に質問を投げかけるのが
間違っているということに気付くべきか。

子会社に転籍することを要求される、ということは
リストラだと思うのだが、
頭の良い人たちは、自分たちの「権利」について語る。
劔を振り回して傷つけ、そして傷つく。
きっとそれは良いことなのだろう。
労働者にとって当たり前のことなのだろう。
しかしなぜだろう、
私には、そういった人々が滑稽に見えるのだ。
今日はいつもよりも目が見えない。
何もかもが滲んでいる。
花びらが散る映像に
音を付けたい。
おやすみ。
夜は深くなるばかりだ。

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