奇術

太陽が沈んでから
しばらくの間
磨りガラスの向こう側のように
ひかりがざらざとして
くちびるに冷たい風があたる。
世界が夜に向かう時の
いつもの儀式なのだこれは。
長い煙突から
昇ってゆく熱は、もう影になっている。

ピアノの練習を少しした。
音を出してみるということは
とても重要だと思う。
どんなものだって
取り出して見なければ
いったい中に何が入っているのか
分からないのだから。
「うさぎが入っています」
と言われて渡された箱の中に
うさぎが入っている保証はないが、
私たちは箱の中に
絶対にうさぎが入っていると信じている。
それは少し滑稽ではないだろうか。
取り出してみたら、実は猫だったりして。
しかし、それを仕舞って。
うさぎになりますように、と念じながら
何度も取り出すと
きっと少しずつ、うさぎになってゆくのだ。
もちろん、うさぎとは何なのか
よく知っておく必要があるけれど。
そのように確かめながら
自分にとっての真実を作ってゆくことが
今の私には必要なのだ。

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