はなればなれ

「今日、飲みに行きませんか」
 と、須藤くんは言った。
 須藤くんは給湯室から出てきたところで、
 白磁のティーポットを両手で持っていた。
「あれ、奥さんは?」
 須藤くんは先月、結婚したばかりだ。
「ちょっと田舎に帰ってるんで」
「へぇ、何か用事で?」
「いや、ちょっとやり残した事があるとか何とか」
 須藤くんはティーポットの蓋をいじりながら言った。
「やり残したこと?」
「えぇ僕も今朝言われたので、よく分からないんです」
 須藤くんの奥さんは確か九州の出身だった。
「えっ、それって大丈夫なの?」
「大丈夫です、たぶん」
 夫婦というのは色々な形があるものだから、
 まぁそういう人たちもいるのだろうか。
 でも、最初からそういうものだろうか、
 いや、最初だからそうなのか。
「それで、いつ帰ってくるの?」
「さぁ、やり残したことを片付けたら帰ってくるんじゃないでしょうか」
 須藤くんはあんまり興味がなさそうに言った。
「えーそういうものなの?」
「まぁ、そういうものです」
 会議を終わった一団が会議室から出てきて、
 ぞろぞろと僕たちの前を通り過ぎた。
「それで、どうします?」
「あ、ごめん、今日は用事があってさ、また」
 僕はそう言って、自分の席に戻った。
 須藤くんと飲みに行って、結婚生活のもっと詳しい話しを
 聞きたいような気も、聞きたくないような気もした。

カテゴリー: 諸行無常 パーマリンク