あの日

記憶
脳のどこかに科学的な物質として
風景や音や匂いや感触が蓄えられている。
当たり前だと思っているけれど、
それはとても不思議なもので
コンピューターのメモリの
ビット列のように明快ではない。
思い出す風景は
そうやって、脳の中に
写し取られている。
どこかにあるわけではなくて、
どこにもないものが記憶というものだ。
何度も春はおとずれて
春のことをよく憶えているような気がするけれど
きっとそれはどこにもない春だろう。
そして少しずつ遠くなる。
あの日のことも、よく憶えているような
気がするけれど
私の生というものの中にそれはあって
そうして、私はそれを含んで
生きて行くのだろう。

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