黒い海

ゼリーについて取り立てて言うほどの
何か特別な感情は持っていない。
しいて言えば、液体の飲み物として
特に問題のないものを、やわらかな
固体にすることで、なにかとても
違ったものとして目の前に現れることが
どうも、少しうまく理解出来ない。
その程度のものだった。
この間、珈琲ゼリーをやってるんだけど
食べていかない、とそのお店の人に言われた。
勧められた食べ物を、あまり断ったことがない
僕だから、はぁまぁそれじゃぁひとつとか
言っているうちに、ゼリーを食べることになっていた。
驚いたことに、その珈琲ゼリーは冷蔵庫から
取り出すわけではなくて、オーダーしてから
熱い珈琲を淹れて、それから氷で冷やしながら
なにやら海藻から取ったという成分を加えて
固めて、ゼリーにして、それから手作りの
アイスクリームを入れたグラスに流し込んで
出来上がるというものだった。
だから、注文してから十五分くらいかかって、
その黒い海のような、揺れて黒くきらめく
物体は僕の目の前に出てきたのだった。
それは滑らかな苦さで、口に滑り込んできて
そして溶けた。
ゼリーというものは、このようなものだっただろうか、
それを考えるには、あまりにも例が少なくて
よく、わからなかったけれど、この夏の
ゼリー体験というべき出来事が
強い光が射す日に行われたのだという
ただそれだけのことだ。

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