伝えたいことなんて無くてもかまわない。
あるいは伝えたいことなんて、きっと些細なことだ。
なのに人は、伝えたいことが大きくて、
たくさんあればあるほど、すばらしい事だと思っている。
実はそうやって具体化された、伝えたいことは
とても、うざったいことだと思う。
人は何事も押しつけられたくはないのだから。
伝えたいことは「テーマ」と呼んだ方がいいかもしれない。
しかしそれは、本当にシンプルなことであるべきなのだ。
ごはんが美味しいとか、春は暖かいとか、
満月が待ち遠しいとか、夜道は淋しいとか、
苦しみがあれば喜びは倍増する、とか。
せいぜいその程度で十分なのに、世界平和とは何か、とか
人生とは何か、とか、そんな壮大なものが、
凡人になんとかなるわけがなく、
そういうものを分析して伝えようとすると、
理屈っぽく退屈でつまらないものになる。
今週の初め頃に、イノトモというミュージシャンのライブに行った。
それは、ホールやライブハウスではなくて、時々ゆく飲み屋の
片隅に座って、ギターの引き語りで歌うというスタイルの
ごくシンプルなものだった。
客は飲み食いしながら、彼女の歌を聴く。
僕は、彼女からわずか2メートル程しか離れていないところで
それを聴いていた。手が届きそうなくらい近かった。
一応マイクは使っていたが、聞こえてくる声のほとんどが、
生の声だった。それが何だかものすごく良かった。
歌というものは、本来こういうものだったと思った。
はっきりと、メッセージのようなものを受け取ったわけではないが、
そのライブが終わっても、何かが僕の中に残って
それが何なのかはっきりとは分からないのだけれど、
少しずつ僕を前向きに動かすための動力に変わってゆくのが分かった。
身構えず、しなやかでいなければいけないな、と思う。