かわゆい悪魔

「中国はね、凄く乾いてるんだ」
先週、北京に出張して帰ってきた本橋くんは
パンダの形のクッキーを配りながら言った。
「そんなに?」
「そう、すごく。ずっとペットボトルの水を
 飲んでなくちゃいられないくらい」
そんなに乾燥した土地なら、アコースティックギターが
いい音を出しそうだと僕は思った。
思ったけど言わなかった。
金色の小さな袋から、パンダのクッキーを出すと
それは真ん中から半分に割れていた。
掌で繋げてみたけれど、パンダというより
何だか分からないアンニュイな猛禽類という感じだった。
口に入れると、すぐに形は崩れて、粉っぽい甘さが
口の中に広がった。
乾燥している、と思った。

先日、人間ドックを受けたとき、待合室にL25という
ぺらぺらの雑誌があったので、手に取ってみた。
それは二十五歳の女性向けのフリーペーパーらしかった、
男性版はR25というやつらしかった。
誌面を読むと、そこらじゅう「かわいい」だらけだった。
かわいい携帯、かわいいパソコン、かわいい食器、かわいい車、
かわいい歯ブラシ、かわいい植物、かわいい鞄。
いくらなんでも、使いすぎじゃないかというほど、
かわいい何とか、という表現のオンパレードだった。
「かわいい」っていったい何なのだろうか。
女性の間で共有できる「かわいい」という言葉が指すものが
あるということは分かっている。でも、それは必ずしも同じ意味
ではなくて、あるときは格好いいだったり、美しいだったり、
機能的なことだったり、心地よい感触だったり、優しい色だったりする。
「ねぇこれ、かわいくない?」
「うんうん、かわいい、かわいい」
そういうやりとりが、あちらでもこちらでも交わされている。
そうやって、曖昧なニュアンスで価値観を共有し、
コミュニケーションを促進することが出来るということが、
何だか羨ましくもあり、つまらなそうでもあるな、と思った。

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