黒い電車の夜

春一番が吹いた夜、僕はプラットホームにいた。
遅くまで働くということが、良いことだとは思わない。
しかし、みんな働いていて、みんながすることすら
自分が出来ないということを不甲斐なく感じる
という呪縛から逃れられず、帰る時間は遅くなる。
吹きさらしのホームは、草臥れた男に容赦がない。
冷たい風。
風というものがいったい何なのか考えてみた。
しかし、それは空気というものの流れである
ということしか思いつかなかった。
きっとそれは、細かな粒子で出来ているのだろう。
目に見えないのに、目に見えないものが僕に
吹き付けて、身体を揺らし冷たく冷やす。
考えてみると、僕に働きかけるのは目に
見えないものばかりだ。良い物も悪い物も。
その時、黒くて大きな塊が、視界の端から現れる。
灯りを消した、回送電車だった。
運転席も暗くて、運転手のマスクだけが白い。
モノレールというのは、レールをくわえ込んで
いるという時点で、何だかなまめかしく不気味なのに
それが、暗くて人の気配が無いとさらに奇妙で、
ぞっとするほど気味悪く感じた。
回送電車が連れてきた風を身体に受けながら
いつまでも来ない電車を待っていた。

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