ふとしたはずみに、頭の中で音楽が鳴り始める。
それは、木琴の音であることが多くて、短いフレーズを
繰り返すような、音楽というよりは音に近いものだ。
そういうループのことを、ミニマルミュージックと言ってもいいだろう。
単調なことは、全くドラマチックの反対側にある。
作られたドラマというものに一時的に夢中になって入れ込んで、
しかしそれに飽きて、すっかり忘れた頃、燃えかすのように
なにか匂いというか、温もりを残している核のようなものがあって、
それがその、単調なフレーズの繰り返しだったりする。
そのように考えてみると、逆にその単調なフレーズの繰り返しから
壮大なドラマを生成してもいいわけではないか。
そういう種のようなものこそ、実は多様性があるのではないか
などと考えてみたりする。
何事も、どちらの方向から掘り進んだっていいのだ。
それで、今夜は偉大な髭のおじさんのテリーライリーが作った
A Rainbow In Curved Air という18分と39秒ある曲を聴いている。
やっぱしこれ、かっこいいな。
しかし、人の価値観というのは恐ろしいほど経験に基づいている。
だから、本当に新しいものとか、変わったものは受け入れられない。
そして経験的に一番知っているのが自分だったりする。
誰かと仲良くなる時にだって、無意識に相手の中にある自分と
似た部分を探していて、それを探し当てた時に安心して好きに
なったりするのではないだろうか。
まぁなんて利己的な、と思うけれど、そういうふうにできている
のだから仕方がないことなのでしょう。
大切なことは、きっと、経験から価値観を作るスピードを
早くすることなのではないかと、最近思う。
古い経験に基づく価値観で何かを判断するのではなくて、
比較的新しい経験に基づいて物事の善し悪しを判断すること
ではないだろうか。
そんなことを今日は考えていた。