夏目漱石が、I love you を「月が綺麗ですね」と訳した
という話を読んで、本当にそうなのか調べてみた。
どうもそれは何かの書物を訳したというわけではなくて、
授業で生徒が訳した「我、汝を愛す」という訳を、
直接的すぎると言って、「月が綺麗ですね」とでも訳しておけば
伝わると言ったというエピソードのようだった。
伝わるのかどうかは別として、
表現というのは、便利に一般化した言葉を開いて、
個人的なものに置き換えてゆくことなのだから、
それは至極まっとうな考え方だと思った。
自分なら、何と訳すだろう。
先日、画像のストックサイトに登録したので、
試しに夕日の画像をポストしたら、審査の後、
NGと判定されて、掲載されなかった。
要するに、夕日の画像なんてあまりにも一般的で
掃いて捨てる程あるから価値がない、と判断されたのだった。
まぁごもっともである。
確かに、夕日に対する何らかの「解釈」をしないで
「夕日」をそのまま提示して、受け取り方はご自由に的な
考えの画像だったなと思う。
意図や解釈の無いものって、本当に退屈でつまらないのだ。
やはり画像にしても文章にしても、人に見せて評価を聞くことは
意味があることだなと思った。