容姿なんかよりも、声なんですよ。
声が好きかどうかで、その人が好きかどうか決まるんです。
と僕が言った時、
inoさんそれは、容姿だと言ってるのと同じことですよ。
そう彼女は言って笑った。
いくつかの例を頭の中でスクロールして、あ、と思った。
確かにそうかもしれない。
良い音の出るものは、そのもの自体の形も好みなのだ。
二十五年くらい前に、暫くの間付き合った人が
置いて行ったビクターのスピーカーをまだ使っていた。
それは、あまり高いやつではなかったけれど、
幅三十センチ、高さ五十センチくらいの大きな箱で、わりとよく鳴った。
しかし、もうボロボロで、最近はスピーカーユニットが壊れたらしく
バリバリバリ、バリバリバリと妙な振動音がした。
それで、僕は新しいスピーカーを買うことにした。
良さそうなものを、オーディオを扱う店で見たけれど、
どれもちょっと高すぎだった。
自作しようとも思ったけれど、何だか自信もないし、
まともな物が最初からできるはずもないから、
エンクロージャー(箱)だけ買って、組み立てることにした。
ほとんど個人の業者が、注文生産で作ってくれる箱、HDB-80MR。
値段は二本で三万円ほど。二週間ほどで届いた。
美しい箱。
ケーブルの先端は、ファンストン端子というものを付けてもらった。
これだと、スピーカーユニットの端子に単に差し込むだけでよくって
半田付けが不要なのだ。
台湾のTangbangというメーカーが売っているW3-517SBという
八センチのスピーカーユニットを買って来て、装着する。
キノコのような突起がユニットの真ん中に生えてて
ちょっと変わったデザインのユニット。
ネジを締めただけで、あっけなく完成。
古いスピーカーをどかして、ケーブルを接続する。
大きなスピーカーがあったところに、ちょこんと座ってる。
音を出してみると、思ったよりも低音がしっかりと出ているし、
中音部は繊細な感じで、ボーカルがしなやかにのびる。
フルレンジでこんなに綺麗な音がするもんなんだなと関心した。
高音がまだ少し、うまく出ていないけれど、暫く鳴らしていると
エージングされてよくなってくるだろう。
久しぶりに、ちゃんと部屋で音楽が聴ける環境が戻った。
それから僕は、ずっといろいろなCDをかけて、
この箱の声を聴いている。